
マルセル・プルースト(Marcel Proust)
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この人は?
ヴァランタン・ルイ・ジョルジュ・ウジェーヌ・マルセル・プルースト(フランス語: Valentin Louis Georges Eugène Marcel Proust, 1871年7月10日 - 1922年11月18日)は、フランスの小説家。畢生の大作『失われた時を求めて』は後世の作家に強い影響を与え、ジェイムズ・ジョイス、フランツ・カフカと並び称される20世紀西欧文学を代表する世界的な作家として位置づけられている。 立身出世した医学者の父親と富裕なユダヤ人家系の母親の息子としてパリで生まれたマルセル・プルーストは、病弱な幼少期を過ごし、9歳の時に発症した喘息の持病を抱えながら文学に親しみ、リセから進んだパリ大学で法律と哲学を学んだ後はほとんど職には就かず、華やかな社交生活を送り、幾つかの習作を経た30代後半から51歳の死の直前まで、長篇『失われた時を求めて』を書き続けた。 この遺作は、プルースト自身の分身である語り手の精神史に重ね合わせながら、19世紀末からベル・エポックの時代にかけてのフランス社会の世相や風俗を活写した長大作であると共に、その「無意志的記憶」を基調とする複雑かつ重層的な叙述と画期的な物語構造の手法は、後の文学の流れに決定的な影響を与えたことで知られる。特に、ある匂いを嗅ぐとその関連した記憶が思い出されることを、紅茶に浸したマドレーヌの匂いから物語が展開していく本作品から「プルースト効果」と呼ばれている。 生涯 幼年時代 マルセル・プルーストは、1871年7月10日にパリ16区オートゥイユ地区のラ・フォンテーヌ街96番地(母方の叔父の別荘)で、フランス人の父・アドリヤン(37歳)と、ユダヤ人の母・ジャンヌ(22歳)の長男として生を受けた。 父・アドリヤン・プルーストは、カトリックの雰囲気の色濃い田舎町イリエ(シャルトルから西に20キロメートルの小さな町)の平凡な家の出身で、少年時代は僧侶を目指したこともあったが、公衆衛生を専門とする医学博士となり、衛生局総監(厚生官僚)まで務めた。アドリヤンは、「防疫線」という理論に基づいて、ヨーロッパ大陸へのペスト侵入を防ぐなど、華々しい功績を持ち、医学アカデミー会員やソルボンヌ大学教授を務めるなど世界的な名声を得た人物であった。 一方、母・ジャンヌ(旧姓ヴェイユ)は、パリに住む裕福なユダヤ人の株式仲買人の娘であった。有力なヴェイユ家はシュトゥットガルトに近いドイツの一地方からアルザス経由でパリに来たユダヤの一族であり、同一族からはフランス第三共和政下の有力政治家アドルフ・クレミューなどを輩出している。