
ロマーリオ(Romário)
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この人は?
ロマーリオ・ジ・ソウザ・ファリア(Romário de Souza Faria、1966年1月29日 - )は、ブラジル・リオデジャネイロ出身のサッカー選手。政治家。ポジションはフォワード。1980年代後半から1990年代を代表するストライカーの一人。身長167cm、体重70kg。 ブラジル上院議員を務めていたが、2024年4月18日、58歳にして現役復帰した。息子との共演を望んでおり、リーグ戦の出場はしないとしている。 日本では一般的にロマーリオと多く表記されるが、彼の母語であるブラジルポルトガル語では、冒頭の Ro はホと読む場合も多い(地域・年齢などで異なる)。そのため現地リオの発音にしたがってホマーリオなどと表記される場合もある。 長男はサッカー選手で日本のツエーゲン金沢でもプレー経験のあるロマリーニョ。 クラブ経歴 リオで塗装職人の長男として誕生、名前の由来は著名なテレビ番組の登場人物に由来している。ジャカレジーニョ地区で育つが、小児喘息持ちで体の弱い子供であった。9歳の時にエストレリーニャというクラブに入り、13歳でヴァスコ・ダ・ガマからも注目されたが、余りに背が小さいことが災いして獲得は見送られた。その後入団した2部のオラーリでの活躍でヴァスコ入団を果たした。 1988-89シーズンPSVに移籍すると、シーズン中3度ハットトリックを決め、同シーズン12月11日開催のインターコンチネンタルカップ、ナショナル戦でもゴールを決め、在籍中は2度UEFAチャンピオンズリーグで得点王になるなど頭角を現した。 1993-94シーズンよりスペイン・FCバルセロナに移籍、再びロナルド・クーマンとチームメートとなった。「ここではフリスト・ストイチコフとは良好な関係を築いた。9月5日デビュー戦となったレアル・ソシエダ戦でハットトリックを達成した。数試合連続で得点できないこともあったが、10月30日のアトレティコ・マドリード戦、1994年1月の対レアル・マドリード戦、2月19日のオサスナ戦、3月12日のアトレティコ・マドリード戦でもハットトリックを達成するなど出場33試合で30ゴールという決定力を発揮して得点王を獲得、リーグ最終節のセビージャ戦では決勝ゴールを決めて、この結果首位のデポルティーボが引き分けたため、逆転でリーグ優勝を果たした。「30ゴールを決めて見せる」と公約を掲げ、最終的に入団時に宣言したシーズン30ゴールを達成した。しかしチャンピオンズリーグでは10試合2ゴールと振るわず、決勝ではACミランに0-4と敗れた。1994-95シーズンは不調でベンチに座ることもありシーズン途中にバルセロナを退団し、フラメンゴに移籍した。
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