
レナード・コーエン(Leonard Cohen)
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レナード・コーエン(英: Leonard Cohen、1934年9月21日 - 2016年11月7日)は、カナダのシンガーソングライター、詩人、小説家。80歳を超えた後もアルバムをリリースするなど、精力的に活動した。代表曲は「ハレルヤ」(1984年)など。 「Q誌の選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第54位。元々は詩人で、17歳で飛び級入学した大学時代に詩集を出版した。シンガーソングライターとしては、33歳の頃にファーストアルバムをリリースするなど遅咲きであった。 経歴 幼少・少年時代 1934年、ケベック州モントリオールの裕福な中流ユダヤ系家庭に生まれる。父親はモントリオールで大きな服飾店を経営。コーエンにとってショッキングな出来事は、彼が9歳の時に父親が他界したことだったが、父はコーエンが勉学を出来る程度の信託財産を残していた。少年時、詩や作家としてコーエンを奨励したのは母親だった。13歳でギターを弾き始め、地元のカフェでカントリー&ウエスタンの曲を演奏する。 詩人・小説家 1951年、マギル大学に入学し詩人としてのキャリアを積む。コーエンはマギル討論会議の代表に就き1956年、在学中に最初の詩集『Let Us Compare Mythologies』(「神話を生きる」と題されて日本でも出版された)を出版した。1961年に出版した2作目の詩集『The Spice-Box of Earth』で特に母国カナダで詩人として知られるようになる。1960年代には主に詩人、小説家として活動する(2作目の小説『歎きの壁』が翻訳されて集英社より出版されていたが、現在は絶版。台湾の政務委員(デジタル担当)を務めるオードリー・タンは、著書の中で「私が好きなレナード・コーエンの詞の一節」として「すべてのものにはヒビがある。そして、そこから光が差し込む。」(Anthemより)という一節を紹介している。 シンガーソングライター コーエンはピート・シーガー、トム・パクストン、フィル・オクス、グレアム・オールライトらと同様、社会派のブロードサイド・バラッドを歌う歌手として位置づけられていた。4作目の詩集『Parasites of Heaven』(1966年)に収められた「スザンヌ」が同年11月、ジュディ・コリンズによってカバーされる。それがコロムビア・レコードでボブ・ディランのプロデューサーを務めていたジョン・ハモンドの目に止まり、アメリカでのコーエンのレコード・デビューが決まる。1967年12月27日、デビュー・アルバム『レナード・コーエンの唄』を発表。商業的なヒットとはならないも、シンガーソングライターとしてのコーエンの名を広く知らしめた。